幻の欠片 15


 

「征志、駄目だ! 待て!」

 

  必死に、男に向かって腕を伸ばす。

 

 「……オン。アボキャ・ベイロシャノゥ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」

 

  俺の声が聞こえているはずなのに、征志が呪言を止める気配はない。

 

 「くそっ! 頑固者めっ」

 

 「付くも不肖(ふしょう)、付かるるも不肖、一時(いっとき)の夢ぞかし。生(せい)は難の池、水つもりて淵となる」

 

  呪が進むにつれ、周りの悪霊と共に男が苦しみだす。

 

 「おいッ 俺を見ろ。俺の声だけを聞くんだ!」

 

  なんとか男の腕を引っ張り、頭を胸へとかかえ込んだ。

 

 「鬼神に横道(おうどう)なし。人間(ひと)に疑いなし」

 

 「いいか! お前は人間なんだ! それを一瞬でも忘れるんじゃねぇぞ!」

 

  この呪は確か、人間に憑いた魔や鬼を祓う呪言のはずだ。ならば、自分が人間だと認識できていれば、巻き込まれずに済むはず……。

 

 「絶対、守ってみせる」

 

  俺の言葉に、微かに男が頷いた。

 

 「教化に付かざるに依(よ)りて時を切ってすゆるなり。下(しも)のふたへも推(お)してする、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」

 

  征志の声が響いて、荒れ狂っていた風と共に、憎悪の念が消えていく。

 


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