白っぽい夜の空気。
それを裂いて、孝亮(こうすけ)のバイクは走っていた。
「なんか……いつもと違うな」
いつもは騒がしい街。人通りの少なさも、湿った風も、異変を伝えようとしている。
「なあ、孝亮。飛ばしすぎじゃねぇか?」
覗き込んだ腕時計は、十一時五十分を示す。
「なんだぁ? 僚紘(ともひろ)。運転が信用できねぇなら、俺のケツから降りてもらって構わねぇんだぜ」
いつもの悪態。斜めに振り向く、左顎の古キズ。
闇が、見え隠れする。
「だって、ほら。雨とか降ってきたぜ」
月が怯え、細かい雨が行く手を遮る。
「だから! 何なんだよ。雨ぐらいで俺が事故るか!」
未来のレーサーの強気な一言。一度の悪夢が、顔と心にキズを残した。……彼は、女を後ろに乗せない。
「でもこの先、『魔の十字路』があんぜ。あの、事故が絶えないって言う。特にこんな雨の日は……」
「うっせぇ。俺は事故らねぇ。絶対にな」
孝亮の口癖。心のキズは、まだ癒えていない。
「でも、嫌な予感がすんだよなぁ、俺」
「そんなモン。俺が吹っ飛ばしてやんよ!」
叫んだ孝亮が、さらにスピードを上げる。
「カカカッ、最高だろーが、僚紘!」
寂しいストリート。エンジンの音だけが、高らかに響く。