扉 1


 白っぽい夜の空気。

 

 それを裂いて、孝亮(こうすけ)のバイクは走っていた。

 

 「なんか……いつもと違うな」

 

  いつもは騒がしい街。人通りの少なさも、湿った風も、異変を伝えようとしている。

 

 「なあ、孝亮。飛ばしすぎじゃねぇか?」

 

  覗き込んだ腕時計は、十一時五十分を示す。

 

 「なんだぁ? 僚紘(ともひろ)。運転が信用できねぇなら、俺のケツから降りてもらって構わねぇんだぜ」

 

  いつもの悪態。斜めに振り向く、左顎の古キズ。

 

  闇が、見え隠れする。

 

 「だって、ほら。雨とか降ってきたぜ」

 

  月が怯え、細かい雨が行く手を遮る。

 

 「だから! 何なんだよ。雨ぐらいで俺が事故るか!」

 

  未来のレーサーの強気な一言。一度の悪夢が、顔と心にキズを残した。……彼は、女を後ろに乗せない。

 

 「でもこの先、『魔の十字路』があんぜ。あの、事故が絶えないって言う。特にこんな雨の日は……」

 

「うっせぇ。俺は事故らねぇ。絶対にな」

 

  孝亮の口癖。心のキズは、まだ癒えていない。

 

 「でも、嫌な予感がすんだよなぁ、俺」

 

 「そんなモン。俺が吹っ飛ばしてやんよ!」

 

  叫んだ孝亮が、さらにスピードを上げる。

 

 「カカカッ、最高だろーが、僚紘!」
 
 寂しいストリート。エンジンの音だけが、高らかに響く。

 


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