幻の欠片9


 

 自室のドアを開け、壁にもたれかかるようにして灯りのスイッチを押す。

 

  闇は嫌いだ……。何かに掴まらないと、取り込まれそうになる。何に取り込まれるというのか、何故こんなにも怯えているのか、自分でもまったく解らない。

 

  壁にピンで無造作に貼った、孝亮と二人で撮った写真に目を向けて、俺は口許をゆるめた。

 

  あいつがいたら、笑い飛ばされるだろう。――いや。あいつさえいれば、闇だって怖くはないだろうか。

 

 「よっと」

 

  俺はバスタオルを床に放って、濡れた髪のままベッドへと飛び込んだ。

 

 『じゃあ……今夜な』

 

  不意に、征志の言葉を思い出す。そう言い放った征志は、訊き返す俺を振り返りもせず、ヒラヒラと手を振って行ってしまったのだ。

 

 「言い間違い、だよなぁ……?」

 

  どうもそうでないような気もするが、夜の十時を過ぎたこの時間に、征志が訪ねて来るとも思えなかった。

 

 「まあ……いっ…かぁ……」

 

  そんな事より、ひどく眠い。

 

  心なしか、体が熱っぽい気もする。手の甲を額に乗せて、静かに目を閉じた。

 

  沈み込んでゆくような感覚。音もなく、闇に包まれた『視界』が廻る。

 

 「いま……行くから……」

 

  無意識に呟いたセリフが、声となって出たのか、それとも心の中だけで呟いた言葉だったのか……。

 

  その意味すらも解らぬまま、俺は、どっぷりと闇に浸っていった。

 

 


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