以下の短編は、
『comico』さんの【チャレンジノベル】に投稿した短編集『キミと紡ぐ…【BL編】』の前後編の短編作品となります。
■キミの次に愛してる 後
翌日の土曜日。
僕は義兄の裕文さんと買物に出掛けていた。
案の定と言おうか。お人好しの裕文さんは、自分の服はそこそこに、僕の服選びに奮闘している。
「なんでも良いですよ」
「ダメダメ。ちゃんと格好良い服着なきゃ、せっかくの男前が台無しだよ」
――男前なのはあなたです。
そう返したかったが、言ったら最後、顔から火を吹くだろうから止めにした。
「浩次君は青より黒の方が似合うかなぁ? 黒に赤や紫っていう組み合わせもあるよねぇ」
うーん、どうしようかなぁ…と、真剣に悩んでくれている。
裕文さんはいつだって、こんな感じだ。
僕が遠慮しないように、 僕が肩身の狭い思いをしないように、いつでも気を遣ってくれている。
「服なんて、本当にいらない」
その代わり、あなたとずっと一緒に居たい――。
僕がそう言ったなら、この人はどうするんだろうか。
「いいよ」
なんて、きっと言うんだろう。
僕の『本当の望み』にも気付かずに、ずっと義兄として、僕の傍に居続けてくれるのだ。
それでも――いいかなぁ。
なんて思ってしまう僕は、いつからこんな『寂しがりや』になってしまったんだろう……。
自嘲気味に、笑ってしまう。
「バカだな、僕は。こんなの、姉さんに合わせる顔なんてないじゃないか」
いつまで経っても、裕文さんは僕の『姉さんの旦那さん』で。
どんなにご飯作りを頑張っても、僕は裕文さんにとって『妻の弟』だ。
この関係は、変わる筈もない。
いつだって僕達の間には、姉さんが必要だ。
姉さん越しの、関係。
「お義兄さん」
まだ真剣に悩んでくれている裕文さんに、僕は笑顔を浮かべる。
「ん?」
「お腹、すきました」
**********
「再婚は、しないんですか?」
昼食を食べながら訊いた僕に、裕文さんは手を止める。
今まで見た事もない、怒ったような顔で目を剝いた。
そうして少し、寂しそうな笑顔を浮かべる。
「そうだね……。まだ、しないかな」
「いつまで?」
呟くように訊いて。
姉さんの何回忌になったら再婚するんだよ、と八つ当たり気味に切り返していた。
「……浩次君が結婚するまでは絶対しない、かな」
初めて。
裕文さんを「残酷だ」と思った。
「そんなの……僕がいつまでも結婚しなかったらどうすんの?」
困らせようと思った。
父親気取り、兄気取りでいるのなら。駄々をこねる子供のように、ただ困らせてやろうと思った。
「それなら……。いつまでも俺だって再婚しないね。――死ぬまでよろしく」
まるで結婚式の誓いのような事を言って、笑っている。
「……変わってるね、お義兄さん」
呆れ気味に僕がそう言っても、裕文さんは楽しそうに笑い続けていた。
**********
二人分の服に食料と、両手に荷物を持った僕達は、夕暮れの町を並んで歩く。
並んで歩いていても、絶対的な距離を感じていた。
「早く……再婚しちゃえ」
足を止めて、声に出す。
ちゃんと声に出して言ったつもりなのに、声は掠れて。
僕が止まった事に気付いていない裕文さんには、届いてくれなかった。
――背中が、遠いよ。
「姉さん……ごめんね」
同じ人を、好きになってしまって。
姉さんは一緒に居られないのに、僕なんかが一緒に居てしまって。
「ほんと……ごめん」
キュッと唇を噛んだ僕の背中に、温かな何かが触れた気がした。
『裕文……』
僕を吹き抜ける風の中聞こえたのは、確かに姉さんの声で――。
それが聞こえたのだろう裕文さんも、弾かれるようにして振り返った。
途端。 背中が押される。
「えっ…?」
つんのめった僕の体を、裕文さんが慌てて抱き留めた。
こんな時なのに、ふわりと裕文さんの香りが鼻先をくすぐった事に、赤面する。
「大丈夫?」
驚いた顔で、問いかけてくる。
「大丈夫です! それより聞こえたでしょ? 姉さんの声!」
興奮気味の僕に、「え?」と裕文さんは驚いた顔をした。
「いや。キミの声しか聞こえなかった。――呼んだだろう? 裕文さんって。だから俺、振り返って……」
二人でしばらく見つめ合って。
裕文さんの腕に抱き留められたままなのを思い出して、慌てて離れた。
「そんな……僕。お義兄さんの事を裕文さんだなんて、呼んだり……」
「いいよ」
「…………え?」
「呼んでいいよ。裕文って」
「………………」
赤面する僕に、「え? そこまで?」と裕文さんが笑う。
「これは、呼ぶ練習が必要かなぁ?」
クスクス笑った裕文さんに背中を押されて、歩き出す。
背を押してくれている手は一つではないと、確信していた。
「あのね。……大好きですよ! 姉さんの次に!」
「……おや。これは奇遇だね。俺も大好きだよ。由美の次に」
二人で目を向け合って、吹き出して笑う。
そんな僕達を眺めながら、姉さんもきっと、笑っているんだろうな……。